「先生は忙しすぎる。もっと自分の体を大切にしなければだめですよ」。90歳を過ぎた方からいただくメールに、母の面影が重なります。
話し方講座に10年以上も通い続けてくださるTさんは、3月3日で92歳になります。食が細くなり体重も30キロ台に! 杖を使ってよろよろと歩いていらっしゃいます。耳が遠くなり、補聴器をつけてもマイクを使っても私の言葉が聞き取れなくなってしまいました。そこでTさんの机に専用のスピーカーを置くようにしています。「先生、1か月に1回しかないこの講座を励みに、また1か月頑張ることができました」。その笑顔と張りのある声に、私たちのほうが励まされています。
以前、私の講座に興味を持った理由を伺ったら、「今までひたすら顕微鏡を覗き電磁波の脳に与える研究をしてきたので、退職を機に自分の知らない世界を見てみたいと思ったから」と、おっしゃっていました。理詰めで考えるタイプで、納得しないとなかなか言う通りにしてくれません。ところが、他の人のようすを見ているうちに、しだいに面白いと感じてくださるようになりました。
「人と話すときに自分がどんな表情をしているかなど考えてもみなかった。体が楽器という発想もなかった。歳をとっても優しい良い声を出していきたい。言葉ひとつで人間関係は変わる、もっと早く気がつけばよかった。」時折こんなメールをくださるようになりました。
自分のことはあまり話したがらなかったTさんですが、今では戦争体験から、ご主人との悲しい別れの瞬間、一緒に暮らす娘さんとのバトルまでお話しくださいます。論文を書くのは楽しかったけれど、自分のことを書いたり話したりするのはもっと楽しいと、おっしゃいます。「人の話を聞いて涙を流したり、一緒に喜んだり、それが自分の生きる糧にもなると気がついた。発表会頑張ります!」いつも真っ先に発表会の原稿を書き上げるので、仲間からも尊敬されています。
ある日、講座のメンバーの男性が突然亡くなってしまいました。告別式に一緒に参列したTさんは、「私より先に逝ってしまうなんて……」と、さめざめと泣きました。東京青梅市の吉野梅郷の梅まつりに行ったとき、Tさんが斜面で転ばないようにと腕を貸してくれた男性です。ダンディな方でした。Tさんの米寿のお祝いを企画しようと話していたのに残念です。
コロナ禍で米寿のお祝いができず92歳を迎えられたTさん。母にしてあげられなかった米寿のお祝い、遅ればせながらこの春に!