高さ50㎝ほどの木製の箱の上に、時計が取り付けられています。スイッチを入れるとボーンボーンボーンという柱時計の音が。次の瞬間、扉が開き箱の中からスーッと舞台がせりあがるように現れたのは、骸骨のジャズバンドです。ミラーボールが回り、妖艶な女性がマイクを持って歌いだします。それぞれの人形が別々の動きをして華麗なステージが始まりました。時計の下に隠れていた魅惑的な世界に見入っていたら、「コケコッコー」と一番鶏の声が! すると骸骨のジャズバンドは、スーッと箱の中に! と思ったら、また上がってきて演奏再開、と思ったら「コケコッコー、コケコッコー!」遂に朝が来て、骸骨のジャズバンドは箱の中に消えていきました。
こんなに複雑なものを一人で作っているなんて! 理系に強いアーティスト? 気難しい人なのかしら……。
杞憂でした。ムットーニこと武藤政彦さんは、おしゃれなジャケットを着こなす心優しい紳士でした。八王子市夢美術館での展示会を前にアトリエでお話を伺いました。会話の中で私の名前(肩書)を何度も言ってくださいます。こうした気遣いは話を弾ませるコツです。「理事長、そんなことを言われたらお見せするしかないですよ」。苦笑いしながら、武藤さんは時計の箱の背面の板を取り外して仕掛けを見せてくださいました。色の違う電気の配線が何本も束ねられCDも組み込まれています。「僕は欲張りだからこうなるといいなと思ったらすべて自分でやっちゃうんですよ」。3ミリでも違ったらダメという仕事を何か月もかけて仕上げる孤独な作業。だから見る人の心を一瞬にしてつかんでしまうのでしょう。
油絵の道に進むつもりだった武藤さん、あるとき突然描けなくなってしまったそうです。ふと、子どものころ大好きでよく遊んでいた粘土を手にしたら、イメージしたキャラクターが次々と形になる面白さに夢中になりました。それらを箱の中に入れ照明を当てたら人形たちが不思議な陰影を生み出すので、ターンテーブルで動かしたい衝動にかられたそうです。こうして箱の中のからくりシアターが誕生しました。
弁護士をしている父親が、自分のことをどう思っているのかずっと気になっていたそうです。ある日「弁護士は資格を取れば仕事ができるが、おまえは資格を取るよりもっと困難な道を選んだんだね」と言ってくれたそうです。その言葉がうれしかったと、武藤さんは目を潤ませました。
「箱の中に時間を紡ぐムットーニワールド」、武藤さんの笑いや涙、すべてが凝縮された世界でした。
百聞は一見に如かず。下のリンクから紹介映像をご覧ください。(音量に注意)
ムットーニワールドからくりシアターV(夢美術館)