友人のSさんは、ペットに向かって「○○ちゃん、ママですよー」と話しかけているのを見ると、「おまえが生んだのか!?」と憎まれ口をきくくらい、犬や猫を飼う人の気持ちがわからないと言っていました。そんなSさんがお住いのマンションに、弱った猫が迷い込んできたそうです。ペットを飼うことは禁じられていたので、皆見て見ぬふりをしていましたが、病気の猫に死なれても困るので、話し合った結果、とりあえずSさんが引き取って元気になるまで面倒をみることにしたそうです。
動物病院に連れていき、エサの与え方からトイレのしつけまで教わり、薬を飲ませ看病しました。元気になると、困ったことにSさんになついてしまい、姿が見えなくなると必死で探し、見つけると嬉しそうにすり寄ってきて、椅子に座れば膝の上で昼寝をし、抱っこすると喉を鳴らして喜ぶのだそうです。奥様には知らん顔、なぜかSさんだけに心を許す猫をみて、離れて暮らすことなど考えられなくなってしまいました。
トラ猫の雄だったので「トラジ」と名づけました。マンションには内緒でペットを飼っている人が多いことがわかり、迷惑をかけないことを条件に室内でペットを飼ってもいいということを決めたそうです。Sさんは"トラちゃん命"メロメロで、猫自慢になると話が止まりません。
そんなトラちゃんに会いに、お宅へおじゃましたことがあります。玄関横の壁は猫の爪砥ぎと化していました。トラちゃんは、リビングルームの真ん中にデ~ンと丸まって寝ています。猫好きの私たち夫婦が近づこうとするとパッと逃げてしまい、Sさんの傍を離れません。毛艶のいい大きな猫でした。小さい黒猫もいて、黒猫は奥さんになついていました。二人暮らしだったのに、いつの間にか猫中心の暮らしに変わり楽しそうでした。
そんなトラちゃんが、ご飯を食べなくなり痩せてしまいました。外出中に死んでしまったらどうしようと思うと、居ても立ってもいられないと言っていました。歩く力もなくなってしまったのに、自分を追ってよろよろと歩いて来る姿を見ると泣けてくる、覚悟はできていると、言っていました。
ある朝、Sさんから「夕べ、トラジが僕の腕の中で旅立ちました。寝ているみたいです。起きてきそうです」というメールが届きました。電話すると、案の定Sさんは泣いていました。「トラちゃんはSさんの家族になって幸せでしたよ」そう言うのが精一杯でした。
猫といえども、家族の旅立ちは悲しいですね。