結婚する前、デートは動物園が多く、子どもが生まれてからも動物園にはよく行きました。子どもが成長すると足が遠のき、最後に行ったのは、3年前の秋、母が亡くなる数か月前でした。末期ガンなどとは考えが及ばず、少し元気のない母を誘って、東京日野市にある多摩動物公園に行ったのです。丘陵地を利用した動物園なので歩くのが難儀です。久しぶりに行ってみると、無料のシャトルバスが走っていました。動物園のてっぺんにはオランウータン舎があります。そこまでバスに乗り、あとは下り坂を歩きながら見ることにしました。
久しぶりに見るオランウータン舎は、円筒形の立派な建物になっていました。でも、オランウータンはどこにもいません。なんだ、つまらない!と、口を尖らせていたら、母が「あ!」と言って、空を指さしました。上空30メートル程の所にあるロープをオランウータンが、まるでウンテイをしているように、長い4本の足でひょいひょいと渡っているではありませんか!"スカイウォーク"というのだそうです。私も母も、夢中になって携帯電話で写真を撮りました。
必ず乗るライオンバスは、母と私の貸し切りでした。バスの外側に取り付けた肉にライオンが喰らいつくさまを、母とじっくり眺めました。多摩動物公園は、キリンの繁殖にも力を入れています。キリンの前で母の記念写真をパチリ! いつもはVサインをするなどお茶目な母ですが、この日は顔色も悪く元気がなかったのが気になりました。これが、母と出かけた最後となりました。多摩動物公園は、悲しい思い出の場所になってしまいました。
でも、先日思い立って夫と行ってみることにしました。多摩動物公園は、子どもの頃から親しんできた動物園です。心が重くなる場所のままでいたくないと思ったからです。
行ってみたら、変わらぬ楽しさがありました。大好きなユキヒョウは、相変わらず大きな尻尾を見せびらかすように、悠然と歩いていました。オランウータンは、赤ちゃんを連れてスカイウォークを渡っていました。赤ちゃんを気遣い、おんぶしたり、肩車したりしながらオランウータン舎に戻ってきました。母が生前愛用していたリュックサックを背負って行ったので、母と一緒に来ているような気がしました。「病気に気づいてあげられなくて、ごめんね」そんな自責の念にかられていましたが、そこここで母の笑顔が浮かんできて、心が軽くなりました。動物園は、やはり私にとって心のオアシスだと再確認しました。