「この3種類のうち、どれが杉の大樽で作った醤油だと思いますか? ちょっと舐めてみてください」 利き酒ならぬ、利き醤油。味覚ならお任せと、3つ並んだ小皿のひとつめを小さなスプーンで味見したら、口の中いっぱいにフワーッとお醤油の香りが広がりました。二つ目は少し色が濃く、舐めてみると香ばしい香りが。3つ目は、トロッとしていて磯部巻きが食べたくなりました。どれも美味しくて見当もつきません。 四国の小豆島で150年に渡り木桶でお醤油を造り続けているヤマロク醤油。5代目の山本社長にお話を伺った時のことです。毎日使っているお醤油なのに、味を表現する語彙も乏しく、本醸造、丸大豆使用、白醤油、生醤油、しぼりたて生醤油など呼び方も様々で、その違いすらわかりません。 山本さんによると、日本の醤油製造業者で杉の桶を使っている所は、0.1%にも満たないそうです。ほとんどが、ホーローやステンレスのタンクに単一の菌を入れて温度を上げ、短期間で作っているということを知りました。ヤマロク醤油は、すべて木桶で、その桶と蔵は、国の登録有形文化財に指定されています。桶の大きさは、直径2.3m、高さが2m。ここには酵母が棲みついていて、その微生物が作り出す自然の恵みが美味しさの素なのだそうです。この桶を作るには、100年ほど管理された山の杉を使い、タガを編むためには13m以上の長い真竹が必要です。樽の寿命は100年~150年。このままでは日本が誇る発酵の食文化を守れないと思い、可能な限りの借金をして、日本でただ1社しかない桶屋さんに9本もの注文をしました。ホッとしたのも束の間、後継者もいないので、間もなく廃業するという桶屋さんの言葉を聞いて、山本さんは一大決心をします。「木樽職人復活プロジェクト」を立ち上げ、新たに3本を発注し、小豆島で大樽を造れるように大工さん2人を伴って弟子入りしました。大樽による発酵文化は日本にしかなく、竹のタガで締めるのも日本だけ。世界文化遺産である和食を守るための奮闘です。 「醤油は人間が作るのではなく、木桶に棲みつく微生物が4年もの歳月をかけて醸造していく。私たちは、微生物が暮らしやすい環境作りの手伝いをすること」。ほの暗い蔵の中で、?居心地良いよ"とつぶやく微生物の声が聞こえてくるような気がしました。効率重視の波に溺れず、こうした地道な取り組みをしているお醤油屋さんがいることに感激しました。まさに"地道にコツコツ"ですね!