私の故郷は、東京都の西部に位置する八王子市です。ミシュラン観光ガイドで一躍有名になった高尾山のあるところです。学生の頃、家庭教師のアルバイトのために、私はその高尾駅まで通っていました。駅のホームから、大きな金色の塔が見えるので気になっていましたが、新興宗教か何かの建物だと思っていました。それが、産業殉職者を祀っている慰霊堂だと知ったのは、つい最近のことです。
2013年秋に行われた産業殉職者合祀慰霊式で、宗左近さんの「虹」という詩の朗読を依頼されたのです。場所は、高尾の「みころも霊堂」。地図を頼りに行ってみると、あの金色の塔のある所でした。土木、建設工事などの公共事業の作業中に命を落としてしまった産業殉職者を祀っている霊堂だったのです。秋晴れの下、全国からご遺族の方々が参列して厳かな雰囲気のなか、私は詩を朗読しました。母が他界した後だったので、逝ってしまった母の顔が浮かんできました。喪服姿の方たちのすすり泣く声が聞こえてきて、私は泣きそうになるのをこらえながら朗読しました。
昨年秋の慰霊式でも、「虹」を朗読しました。予定していた日に台風が来たため、11月下旬の冷たい雨の降りしきる中、室内での慰霊式となりました。前の方に、小さな坊やを抱っこした若い母親の姿がありました。朗読を始めると、また会場にはすすり泣きの声が静かに広がっていきました。
献花が始まると、坊やが、ぐずり始めました。母親は、坊やを抱いたまま列を離れ、会場の後ろの方にやってきました。私は、献花する間、坊やを預かろうと思い、声をかけました。坊やは、1歳半、高知県からはるばるやってきたのだそうです。「主人に息子を見せたいと思い、連れてきたのに…」という言葉を聞いて、ぐずってもいいから抱っこしたまま一緒に献花したほうがいいと勧めました。彼女は頷くと、鞄からお菓子を取り出して坊やに握らせました。坊やは泣き止みました。「ご主人は、いつも見守っているから、頑張ってね!」そう言って、送り出しました。
一人ひとりが背負っている悲しみの深さは、計り知れないものがあります。橋や道路、新幹線など、私たちの快適な暮らしの陰には、完成を見ることもできず、称えられることもなく亡くなった、多くの方々がいることに思いを馳せました。
学生の頃、高尾駅のホームで立ち止まり、霊堂に向かって手を合わせている人がいたことを思いだしました。天を衝くようにそびえ立つ金色の塔の意味を、今になって知りました。合掌。