数年前、実家から車で自宅へ帰っている時のことです。甲州街道から脇道へ曲がりました。脇道といっても片側2車線の見通しのきく広い道路です。夜10時を過ぎていたので、行き交う車も少なくなっていました。通い慣れた道です。突然、車の前方に何かが飛び出してきました。咄嗟にブレーキをかけました。その影は私の車に向かって、手招きしています。幽霊!?ゾッとしました。車を停めて外に出ると、歩道の木の下に小さな影が見えました。街路樹に片手をかけて立っています。怖い!と思ったのですが、近づいてみると老婆でした。 「どうなさいましたか?」 「……」 「おひとりですか?」 「……」 身なりはきちんとしていますが、足下を見たら左右異なるサンダルを履いていました。あたりに人影はないので、警察に連絡しようと携帯電話を取り出すと、突然喋りだしました。 「ここに住んでるの。ここ、ここ!」しっかりした口調で、ひょいと後ろを指さしました。そこには2階建てのアパートがありました。「おじいさんの帰りを待っていてね、なかなか帰って来ないから心配になって……」 「おじいさんと二人暮らしなんですか?」 「おじいさんは仕事に行ったけど、まだ帰らないから」 「じゃあ、私も一緒に待ってあげますね」 おじいさんは働き者で、朝から晩まで家にいないのだと、言っていました。 10分ほど経った頃、人通りのない歩道の遠くの方から、「おばあちゃーん」という声が響いてきました。懐中電灯の明かりも見えます。「ここにいますよー!」私が叫ぶと、駆け寄ってきました。 「ありがとうございます。助かりました。母は時々いなくなってしまって、今夜もちょっと目を離した隙に姿が見えなくなってしまい、娘や息子と探していたんです」。 おじいちゃんの帰りを待っているようだと伝えると、だいぶ前におじいちゃんは亡くなり、その頃から認知症状が現れたと言っていました。 「おばあちゃん、ずいぶん遠くまで歩いてきたねー。さあ、おうちに帰ろう」。そう言って、孫が手を取りました。私は救われた思いがしました。老々介護ではなく、お孫さんも一緒になっておばあちゃんの面倒をみていたからです。家族の喜ぶ表情とは裏腹に、おばあちゃんは、家族に会えてもニコリともしていませんでした。 認知症で徘徊し行方不明になってしまった人が、2013年度には5201人もいたそうですから、この時のような家族模様は今も各地で繰り広げられているのでしょう。私の父母、義父母はもう亡くなっています。親を探し回る心配はないのですが、私が探されないよう、気をつけないと!