「先生宛てに手紙が届いています」 見覚えのある文字で書かれた封書を、話し方教室の方から渡されました。記憶の糸をたぐりよせると、それは私がNHKの番組に出ていた頃、よくファンレターをくださった男性からでした。病気で仕事に就けず、母親に心配をかけていることや、日々の出来事、番組の感想などがつづられていました。幼い頃の写真が同封されていたこともあります。アルバムから無理やり剥がした写真だったので、貴重な物だからと送り返したところ、「村松さんに持っていて欲しい」という手紙と供に、再び送られてきました。以来、誕生日など折に触れて手紙は届きましたが、私に何かを要求することもなく、見返りを求めることもありませんでした。番組に出なくなると、たまに事務所あてに届きましたが、女性と暮らし始めたという喜びにあふれた手紙を最後に、途絶えました。 その彼からの数年ぶりの手紙です。誤字脱字が多く、脈絡のない文章に驚きながら読んでいたら、ショックなことが書かれていました。今、刑務所の中にいるというのです。私に面会に来てほしいとありました。封筒の糊をはがすと、そこには番号などが書いてあり、正真正銘、刑務所からの手紙でした。 驚いて、インターネットで調べたところ、お金に困り、一緒に暮らしていた女性の母親を殺害し、二人で逃亡した罪で無期懲役刑が確定したとありました。穏やかで引っ込み思案、物静かな人という印象を抱いていたので、俄かに信じることはできませんでした。いつか仕事をして母親を楽にしてあげたいと言っていた人が、なぜ、取り返しのつかないことをしてしまったのか!心の闇の深さに思いを巡らせ、愕然としました。 あの頃、多くの方々からたくさんの手紙をいただきました。自殺の予告をしてきた人もいました。周囲に止められましたが、私はその人の自宅に電話をしました。まるで海の底にいるような、抑揚のない小さな声で、私の呼び掛けに応えてくれました。彼は自殺を思いとどまり、元気にしているという便りをくれました。 「拝啓 あの頃私に手紙をくださった皆さま、その後、いかがお過ごしですか?おかげ様で私は元気です。と言いたいところですが、シェーグレン症候群という難病に悩まされたり、今年は母を失い、くじけそうになりました。でも"心が元気なら大丈夫!"だと思っています。元気の素は笑顔です。皆さまからいただいた手紙は、私の元気の素です。皆さま、ありがとう。どうぞお元気で!」