NHKで夕方のニュース番組を担当していた頃のことです。数人のプロデューサーが日替わりで編集責任者になり、その日のニュース内容が決まっていきます。間もなく番組が始まるというのに、ニュース原稿があがってこないこともあり、そんな時はピリピリと張り詰めた緊張感に包まれます。大きな事件や事故が起こった時も、ニュースセンターは騒然となります。
でも、どんな時でも慌てず、落ち着いて仕事をこなす編集責任者がいました。私は、その男性が苦手でした。あまり笑わず、何を考えているのか、よくわからなかったからです。番組の提案会議では、若いディレクターが提案する内容を、ことごとく論破していました。博学でクールな印象がありました。どんな会話をしたらいいのか分からず、その人が担当する日は、私は少し気が重かったのです。私が番組に慣れた頃、その人は異動していきました。
ある日、その人から電話がありました。お嬢さんの結婚が決まったので、司会をしてほしいという依頼でした。もちろん快諾しました。
打ち合わせのためにご自宅におじゃましたら、別人かと思うほどよく笑うので、びっくりしました。お嬢さんの小さい頃の写真や、声を録音したものを披露してくださいました。いかに我が子に愛情を注いでいたかが伝わってきました。披露宴当日は、ニコニコして嬉しそうでした。
その方には3人のお子さんがいました。NHKを退職してからも、お子さんの結婚が決まると連絡があり司会を頼まれました。そのたびに、思い出の品を見せてくださり、一家の歩みを感じとることができました。3回の結婚式それぞれで、新郎新婦より幸せそうな笑顔を見せる父親の姿が印象的でした。
ところが、今年の夏の終わりにそのプロデューサーの訃報が届きました。心筋梗塞で突然亡くなってしまったのだそうです。その時、ニコニコと笑っている顔しか浮かびませんでした。あれほど苦手だと思った人なのに、職場でどんな表情をしていたのか思い出せませんでした。
お通夜に駆けつけ、連絡をくださった奥様と憔悴しきったお子さん達の顔を見て、私はただただ涙にくれて、お嬢さんたちの手を握りしめることしかできませんでした。傍らにはお孫さん達がいました。家族が増えて、幸せを感じていたであろう故人の姿が偲ばれました。
職場で見せる顔と家庭で見せる顔は違って当然だということを、教えてくださった方でもあります。ご冥福をお祈りします。