朝、バスに乗るため、いつもの通勤路と異なる道を歩いていたら、道路に背を向けて、しゃがみこんでバラの手入れをしている女性がいました。手を休めてはいけないだろうと思い足早に通り過ぎようとしたその時、 「おはようございます。いってらっしゃーい」 と、ニコニコしながら声をかけてくるではありませんか!
私は、びっくりしました。すぐそばを通ったのならわかりますが、道路の反対側を歩いている私に向かって、背中で気配を感じて挨拶してくださったのです。あわてて挨拶を返すと、目が合って、ニッコリ。清々しい気分になったのは言うまでもありません。
その女性は、通りかかった人すべてに、同じように声をかけていました。その姿を見て、私は自転車屋さんを思い出しました。
自宅から駅までの通勤路に自転車屋さんがありました。強面で屈強そうなご主人が、朝夕必ず腕を組んで店先に立っています。"怖そうな人"というのが、第一印象でした。ところが、そのご主人は挨拶の達人でした。顔見知りであろうとなかろうと、通りがかりの人すべてに声をかけるのです。 「寒いね」「雨降りそうだね」「今帰り? きょうは早いね」 いつしか自転車屋さんの前を通る時は、ひと言交わすことが当たり前になりました。時には立ち話をすることも。そこへ友人が通りかかって、おしゃべりの輪が広がることもありました。
職場体験の授業で、その自転車屋さんを選ぶ中学生もいました。クラブ活動のことや試験のことなど、学校帰りにご主人と話し込んでいる中学生をよく見かけました。 「自転車屋は儲からないけど、面白いよ。こうしてね、立っているだけで、人と人とがつながっていくからね。遠くから、親切な自転車屋さんはここですか、なんて修理にやってくるお客さんもいるんですよ」 嬉しそうに、そうおっしゃっていました。 そんなご主人が。ある日突然亡くなってしまいました。犬の散歩中に心臓発作をおこしてしまったのだそうです。それ以来、お店のシャッターは下りたままです。 私も挨拶の達人を目指そうと思い立ち、ある朝、自宅前の道を箒で掃きながら、行き交う人に言葉をかけてみました。見ず知らずの人に挨拶をするのは勇気のいることでした。でも、「おはようございます」と声をかけると、戸惑いながらも、皆笑顔で挨拶を返してくれました。挨拶の達人になると、皆さんから"元気の種"をいただくのだと実感しました。