父の一周忌を済ませ肩の荷が下りて気が緩んだせいか、母が足が痛いと言い出しました。父のかかりつけだった近所の整形外科で診てもらうように言うと、母は渋々出かけていきました。父の思い出がいっぱいの所なので、気が進まなかったようです。
診察が終わった頃を見計らって電話しようと思った矢先、母から電話がありました。
「どうだった?」と、尋ねると、母はいきなり泣きだしました。号泣しているではありませんか! 母がこれほど泣くのは初めてだったので、私は嫌な予感がしました。
「こ・腰の骨がぁ~もろく~なって~」
そこまでは分かったのですが、あとは大声で泣き続けるので、私は足を切断しなければならないと言い渡されたのかもしれないと、覚悟を決めました。
「腰の骨がどうしたの? 話してくれなきゃ、分からないよ!」
何度私が言っても、受話器から聞こえてくるのは、わーっという泣き声ばかり。どうしたものかと思案していたら、骨粗しょう症という言葉が聞こえてきました。85才なんだから、骨がもろくなっても、そんなに泣くことはないでしょう? 大丈夫だよ!と、慰めたのですが、母は一向に泣きやみません。ただ事ではありません。
5分程泣いた後で、母はやっと話しだしました。診察が終わったら、看護婦さんに「ご主人のことを話したいのですが、大丈夫ですか?」と聞かれ、母は大丈夫ですと、笑顔で答えたそうです。
父は診察に行くたびに、その看護婦さんに、私達と旅行に行ったことや、孫のこと、美味しい食事をしたことを楽しそうに語っていたというのです。具合が悪くなって遠出ができなくなると、もっぱら母と散歩したことを話したそうです。どういうルートで歩いて、どこのベンチに座って休んだとか、道中、母がいつも面白いことを言って笑わせるとか……。食欲がないと、母がリンゴを煮てくれたり、野菜ジュースを作ってくれたり、母の淹れるコーヒーは最高においしいと言い、母と結婚して本当に良かった、自分ほど幸せな者はいないと、顔をほころばせていたそうです。
父が病院でそんな話をしていたとは……。1年経って、父の思いを知ることとなり、切ない思いと嬉しい思いが交錯して、母を号泣させたのでした。
先に涙の理由を聞かせるべきだと私が怒ると、母は、「だって、いつも順序立てて話しなさいって言うじゃない。だからそうしたんだよ」と言って、また泣くので、変なところが律儀なのだと、母のことが可愛らしく感じられました。