舞台の中央に、私は佇んでいました。間もなく開演です。雨が降り始め、客入りが悪いので開演を5分遅らせると告げられ、私はがっかりしました。緞帳が降りているので客席のようすは分かりませんが、いつも通りにやるしかないと気持ちを切り替えました。
「美しい日本語で織りなす 村松真貴子 朗読の世界」という公演名で、文化庁芸術祭に初めてエントリーしてみたら、参加公演に選ばれました。大喜びしたものの、入場料は千円と決めていたので、チケットが売れたとしても、スタッフに充分な支払いもできないだろうと考えると喜びも半分でした。
第1部は、「想いを言葉にのせて」というタイトルで自作のエッセイの朗読をします。『テレビのなかのママが好き』という本に書いた「おばあちゃんの定期券」やこの『月刊公民館』に書いた「しわくちゃの百円札」「小さな骨壷」、それに先月号に書いた「10年経ったら」を、舞台中央の大きなスクリーンに、写真を写しだしながら音楽にのせて語ります。
第2部は、さねとうあきら先生が書いた「おこんじょうるり」の朗読です。この舞台用に買った着物に着替えて朗読することにしました。今回は照明や舞台美術もプロの方にお願いしました。
夏前から入念に準備を重ねてきました。猛暑の中、チケットを買っていただくために、何か所も訪ねてお願いに歩きました。チラシやプログラムも予算が無いなかで、精一杯良いものを作りました。赤字覚悟の公演です。必死で頑張りました。当日はホールやスタッフへの支払いがあるので、たくさんのお金を用意して臨みました。現金は念のため、楽屋のコインロッカーに入れておきました。
緞帳が上がった瞬間、私は天にも昇る思いでした。ほぼ満席だったのです。私は夢中で語り、朗読しました。お越しくださった方々が、帰り際に「元気が出た」「感動した」「こんなに泣くとは思わなかった」と、おっしゃってくださり、大勢の方と握手しました。大成功でした。
後片付けをして深夜帰宅したら、見慣れぬ鍵がでてきました。どこの鍵だろうと考えていたら、コインロッカーの鍵だと気づき、同時に財布をコインロッカーに入れたままだったことを思い出しました。支払いを入場券の売り上げで辛うじて賄えたため、財布を忘れてきてしまったのでした。
選考結果は、12月下旬に出るそうです。ダメで元々。今はただボランティア精神で参加してくれたスタッフやお客様に、感謝の気持ちでいっぱいです。