稲川淳二さんと言えば、今や怪談でお馴染み。舞台を見に行った方もいらっしゃるでしょう。私も先日、行ってきました。
大きなホールは満席。開演前、場内が暗くなると、下手のマイクロフォンに青白い光が当たり、着物を着た女性がスーッと出てきて、低く抑揚のない声で、「まもなく開演します。携帯電話をお持ちの方は……」と注意事項をアナウンス。心憎い演出に感心しました。
やがて、舞台にセットされた昭和の初め頃の幽霊屋敷のような中から、着物姿の稲川さんが登場すると、会場から「じゅんちゃーん」という声援が! 若い男の子達の声でした。
日本各地に伝わる怪談を稲川さんが語り始めると、その怪談のシーンに自分が居合わせているような気がしてくるから不思議です。ひとりで何役もこなしながら語る稲川さん。まるで映画を見ているような迫力があります。クライマックスになると、話のテンポも速くなり、稲川さんのテンションも上がって聞き取りにくくなってしまうのですが、それがかえって緊張感を増幅させます。皆、身じろぎもせず聞きいって、1話終わると会場の空気がフワッと緩みます。それは、まるで皆でお化け屋敷に入ったような、懐かしい雰囲気でした。
私が幼い頃、夏休みになるとデパートには、お化け屋敷が登場しました。父はお化け屋敷が嫌いでした。「くだらない」と言って、連れていってくれませんでした。私が小学1年生の時、父と二人で買い物に行ったら、珍しく父がお化け屋敷に入ろうと言いました。喜んだものの、私が怖がると、父は「大丈夫! お父さんさんがいるから」と言って、私の手をひいて中に入りました。中は暗く、奇妙な音が聞こえました。私が引き返そうと言うと、父は大きな声で「ほら、作りものだよ。おもちゃだから全然怖くないだろう」と言いました。
その時です! カーテンからマネキン人形の手がスーッと出てきて、父の背中を触りました。私が「本当だ! 作りものだ」と言おうとしたら、父は、「わっ!」と叫ぶと、私の手を離して走り去ってしまったのです。瞬く間に視界から消えてしまいました。ひとり残された私は、恐怖感で泣きそうになりましたが、あとから入ってきた、見ず知らずのおじさんのズボンのベルトにつかまって、必死の思いで出てきたのを覚えています。父は、何食わぬ顔で待っていました。
稲川さんの怪談を聞きながら、そのことを思い出し笑いがこみあげてきました。今は亡き父に、急に会いたくなりました。