夫が仕事の都合で単身赴任しているので、この8年間は息子と二人暮らしでした。気楽でしたが、大学受験の前は大変でした。なにしろ息子はネットゲームに夢中になり明け方までパソコンに向かっているので、朝いくら起こしても起きません。近所を気にしながらも、毎朝声を張り上げて起こしていました。遅刻の回数が多くなり、学校から何度も注意を受けました。
大学生になると、昼夜逆転の生活に拍車がかかり、いつしか私は諦めの境地になり、息子を起こすのを止めました。息子は、時には夕方近くまでスヤスヤと眠っていました。目覚まし時計は何回も鳴っていましたが、全く起きる気配はありません。試験の時だけは起こしてほしいと頼むので、甘い親だと思いながらも起こしてあげました。
息子も、改めようと思ったのでしょう。けたたましい音がする目覚まし時計を買ってきました。それは、非常ベルの音でした。ジリリリーン!と、鳴るたびに、私は飛び起きましたが、息子は幸せそうに眠っていました。非常ベルは、息子の都合で午前2時や3時などとんでもない時間に鳴り響くので、私は不眠症になってしまいました。
数年前、私がウイルス性回腸炎で1週間入院したときのことです。退院する朝、息子が病院まで迎えに来てくれるというので待っていました。ところが、待てど暮らせと彼はやってきません。自宅に電話しても、携帯電話に電話しても応答がありません。私は不安になりました。3時間待っても来なかったので、バス、電車、タクシーを使って、やっとの思いで家に帰りました。息子の部屋を覗いてみると、なんと、気持ちよさそうに眠っているではありませんか! 私は頭にきて、洗面器に水を汲んで息子の部屋に行き、名前を呼びました。ハッとして起きあがった瞬間、息子に水をかけました。もちろん、ベッドはびしょ濡れになりました。あのときの息子の顔は忘れられません。実に申し訳なさそうな顔をしていました。
それ以来、霧吹きで顔に水をかけて起こすことにしました。ある朝、霧吹きを手にした私を見るや否や、息子は、「起きます」と言うのかと思いきや、「お願いだから、たまには霧吹きの水を変えてよ」と、言うので大笑いしたことがありました。
そんな息子が、就職を機に一人暮らしを始めました。寝坊しないか心配でしたが、放っておくことにしました。今のところ遅刻しないで会社に通っているようです。こうして私は、息子を起こすストレスから解放されました。ちょっぴり寂しい気もしますが、仕事は、何にも勝る目覚まし時計だと確信しました。