57年間も連れ添った父が旅立ち、ひとり暮らしとなった母は、笑わなくなりました。父の看病に明け暮れていた頃は、睡眠時間もままならず倒れてしまいそうでしたが、今考えれば、母はイキイキしていました。父があまり食べられなくなると、野菜や果物をミキサーにかけてジュースを作ったり、甘酒が飲みたいと言えばすぐに作り、それこそ父のためだけに生きていました。
その生き甲斐を失ってしまい、何を楽しみに生きていったらいいのか、母は途方に暮れてしまったのでしょう。食事の支度も面倒になり、認知症!?と、心配になるほど物忘れが激しく、父のことを思い出しては涙にくれる毎日でした。
そんな母が「子猫を飼いたい」と言いだしました。お世話になっている近所の動物病院に里親候補の申し出をしたところ、交通事故で運び込まれた猫が出産したという連絡がきました。生後2~3ヶ月経ったらいただけるというので、母は何回も動物病院に面会に行き、5匹生まれたうちの1匹を選び、トイレや食器を買って心待ちにしていました。
待つこと2ヶ月半、やっと離乳したというのでお迎えに行きました。事故で後ろ足が不自由になってしまった母猫は、ジッと私たちのことを見つめていました。母は、「しっかり育てるから、安心してくださいね」と、母猫に声をかけていました。
子猫は一晩中「ミャー ミャー」鳴きどおしだったそうです。片手にのってしまうほどの小さな猫に母は戸惑ったそうですが、翌日からトイレトレーニングを始め、哺乳瓶でミルクを飲ませたり、湯たんぽで温めてあげたり甲斐甲斐しく面倒を見ました。
名前は、マミーちゃん。父と母の名前をひと文字ずつとってつけたのだそうです。
母は、毎日電話でマミーちゃんのようすを話してくれます。名前を呼ぶと、「ミャ~」と返事をするようになったこと、階段を登れるようになったこと、姿がみえない時は、掃除機をかけると、音に驚いて飛び出してくることなど……。2週間ほど経つと、夜、母のベッドにもぐりこんでくるようになり、その寝姿が可愛らしいといって、携帯電話で写真まで送ってくるようになりました。
「マミーちゃん、ご飯にしようか」「マミーちゃん、そろそろ寝ようか」
話し相手ができて、母はまた笑顔を取り戻しました。マミーちゃん、家族になってくれて、ありがとう。母とともに、長生きしてね。