平日の昼下がり、小学生ぐらいの男の子と母親が電車に乗ってきました。男の子は、まばらに空いている席には見向きもせず反対側の扉へまっしぐら。額をガラスに押しつけるようにして、嬉しそうに外を眺めていました。母親は男の子の隣に並んで立っていました。
「あ、あ、あ!」 男の子が外を指さしながら、片方の手で母親の袖をつまみ、外を見るように促しました。あまりにも楽しそうな顔だったので、私もつられて男の子の指さす方を見ると、飛行機がみえました。かなり大きく見えたので、私も「すごいね!」と、心の中で反応して母子を見たら、母親は携帯電話に夢中になっています。
男の子には障がいがあるようでした。その後も何回も外を指さし、母親に呼びかけるのですが、母親は周囲の目を気にして、「静かにしなさい」と言うだけです。機嫌が悪そうです。嫌なことがあったのかもしれない。疲れているのかもしれない。息子が幼い頃、私も同じような態度をとったことがあることを思い出しました。
心地よい陽差しに溢れた車内の空気が、急に重く感じられました。
数日後、夕暮れ時に、運賃100円のコミュニティバスに乗って帰宅したときのことです。バスは満席でした。発車間際に小さな女の子がハァハァ息を切らして乗り込んできました。「おとうちゃんがくるから、まっててね」
父親は足が不自由でした。大きな荷物を抱えています。前の方に座っていた人が席を譲ると、父親が女の子を膝にのせて座りました。女の子は保育園に通っているようで、保育園での出来事を一生懸命話しています。父親は幾分甲高い声だったので、後ろの方で立っていた私の所まで、父子の微笑ましい会話が聞こえてきます。
「ねえ、お父ちゃん、お母ちゃんは、きょうはどこにいるかな?」 「お母ちゃんは、ほら、あそこにいるよ。あのお星さまだよ」 父親が夜空を指さしました。女の子は、その方角をじっと見ていました。女の子の背負っているピンク色のリュックサックが、切なく感じられました。
「おとうちゃん、ちゅぎだね」 ブザーを押すのは女の子の役目のようです。女の子は「うんてんちゅちゃん、ありがとうごじゃいまちゅ」と、大きな声で言い、父親と手をつないで降りていきました。そして、バス停に佇み、バスに向かって、バイバイと手を振るではありませんか! 私をはじめ気がついた乗客は、一斉に手を振りました。
乗り合わせた人たちの心に、灯りがともったような父子の会話でした。