講演のために訪れた千葉県内の幼稚園で、アルバムを見せていただきました。そこには、写真ではなく折り紙が貼ってありました。黒い紙でコウモリが折られ、漫画の吹き出しのようなセリフが書かれています。
「なんだか手狭になっちゃって……」
「そろそろリハウスしたら?」
洞窟の天井にぶら下がりながらのコウモリの会話に、思わずウフフと笑ってしまうような楽しい折り紙の絵本でした。
花や動物など折り紙の腕前も見事でしたが、ユーモアあふれる感性に感動しました。見ていて楽しくなる、世界に1冊しかない折り紙の絵本です。しだいに、涙でかすんで文字が読めなくなってしまいました。
その作者はもうこの世にはいないからです。折り紙の主は、園長先生の妹さん。彼女は、幼い娘ふたりを育てながら幼稚園で働いていましたが、ある日お腹に痛みを覚え検査したところ、末期がんであることが分かりました。
本人には告知しないことに決め、一旦は快方に向かったそうです。でも、しだいに症状が重くなり、妹さんに詰問され、命の期限を伝えた方が本人のためだと考え、余命半年と告げたそうです。
すると、その日から、彼女は毎日折り紙を折り続け、3冊の本を仕上げました。2冊は、娘さんへ、もう1冊は園長先生の息子さんへのプレゼントです。表紙の裏には、甥子さんへのメッセージがつづられています。日付は、平成元年12月、医師の言葉通り、ちょうど半年、亡くなる直前までかかって仕上げました。しっかりした筆圧でした。子どもたちが成長することを見守ることができない無念の思いと、愛情に溢れたメッセージでした。命の期限を知ったからこそ、最期まで命の炎を燃やし尽くしたのだと実感させられます。
昨年秋、父が、肺がんで余命1か月と宣告されました。あまりの短さに愕然として父に告げることもできず、自宅で看取りたいという母の願いをきき自宅で看病することに決めました。元気になることを信じて頑張る父の姿をみると、これでよかったのだと思いましたが、3か月を過ぎた頃、容体が急変し亡くなりました。告げるべきだったかな……そんな思いが頭をよぎりました。余命を知ったら、大好きなビデオカメラで残された日々を撮影したかもしれない。会いたい人がいたかもしれない。父にとっての折り紙は何だったのだろう……。
告知するかしないか、いずれも本人のためを思えばこそですが、どちらを選択しても後悔が残るような、そんな気もします。