「親知らずを抜いたほうがいいって、歯医者さんに言われちゃった」。
ええっ、親知らずがまだあるの! 私はびっくりしました。それは、84歳の母の言葉だったからです。入れ歯もなく、すべて自分の歯だというではありませんか! まさに国が推奨している「8020運動(80歳になっても自分の歯が20本あるようにしようという取り組み)」のお手本のようだと、表彰してあげたくなりました。5年程前に歯医者さんに行くと、この親知らずは立派だから抜いてしまうのはもったいないので治療しておきましょうと、言われたそうです。親知らずが役割を果たしてきたことにも驚きました。
歯がいいこともあり、母は滑舌もよく、声も若々しいので、電話で私と間違われることがあります。そういう時は、実に嬉しそうに報告してくれます。お漬物もイカも牛蒡も、何のためらいもなく噛んで、おいしそうに食べています。噛むことは唾液の分泌を促し、消化吸収を助け、更に脳の刺激にもなり、子どもにとっては言葉の発育に欠かせないと言われています。母の歯は、まさにボケ防止にも一役買っているのでしょう。何事にも前向きでチャレンジ精神も旺盛です。
去年は、白内障の手術を受け、眼帯が取れた日に電話をしてきました。鏡を見てショックを受けたというのです。今までぼんやりしていたので分からなかったけれど、自分の顔が皺だらけだったというので、大笑いしました。
80歳を過ぎたころから携帯電話でメールをするようになりました。ときには、自分が育てたランの花を撮影した写メまで送ってくれるようになりました。
ある日、母のメールを読んで愕然としました。 「まきちゃん、コーシーいれるからね」と、書いてあります。父がコーヒーが大好きなので、実家ではよくコーヒーを飲みます。毎回「コーシー入ったよ」と、母が言うので、そのたびに「コーシーじゃないでしょ。コーヒーでしょ」と、注意するのですが、近頃はそれも面倒になり諦めていました。江戸っ子は、「ヒ」と「シ」の区別がつかないと言われますが、発音だけではなく文字まで混同していたとは!
そんな母が、父の看病に明け暮れて2ヶ月が経ちました。夜も1時間おきにトイレに起きる父の付き添いをして、母の疲れはピークに達しているはず。でも、愚痴ひとつ言いません。よく"歯を食いしばってがんばる"と言いますが、丈夫な歯のおかげで母は頑張れるのかもしれません。
お母さん、その歯なら100歳だって夢じゃないよ。頑張ってね!