容赦なく照りつける真夏の日差しにうんざりしながら、駅のホームにたどり着くと、ある母親が男の子を叱っていました。男の子には、軽い知的障害があるようでした。落ち着きのないわが子に、母親のイライラは募るばかり。
わかるなぁ……子育ては、ひとりで空回りしちゃうことがあるんだよね。私もそうだった。そんなに頑張らなくていいからねと、ひと言言いたくて、私はその親子のそばを離れることができませんでした。
電車に乗ってからも、母親は耳にイヤホンをさし、携帯電話を操作しながら、険しい目つきで子どもを見ていました。子育てに疲れているように、私の目には映りました。
声をかけるタイミングがみつからないまま、降車駅に。ところが、その親子も同じ駅で降りたのです。男の子の笑い声が聞こえてきました。帰り道まで同じ方向だったので、私は思い切って声をかけてみました。
「坊や、ご機嫌ですね。子どもの笑い声は、いいわね」 すると、驚いた表情で私の顔を見ると、彼女は慌ててイヤホンをはずしました。駅のホームにいた時から気になっていたことを話すと、子どもが、突然見知らぬ男性を叩いたから叱ったという事情を話してくれました。特別支援学級の担任の先生との関係がうまくいかず、不登校気味になってしまったことや、長女も高機能自閉症気味であること、更に最近離婚し、仕事を探さなければならないと言っていました。彼女の背負っているものの大きさに圧倒されてしまいましたが、教師と信頼を築くための話し方をアドバイスし、何かあったら愚痴を聞くから電話してねと伝えて別れました。駅で見かけた時とは別人のような素敵な笑顔を見せてくれました。
核家族が増え、愚痴を言ったり相談できる相手もなく、爆発しそうになる思いを抱えて子育てしている現代の親たち。
その一方で、小学校の先生方も、書類に追われ、夜遅くまで仕事をしなければならなくなり、休日出勤も当たり前。もっと子どもと向き合う時間があれば、いじめも早い時期に発見できるし、子どもの小さな変化にも気付くことができるでしょう。親とコミュニケーションを図る心の余裕もなく、ひたすら仕事に追われ、心の病に罹ってしまう教員も増えています。
疲弊した社会が音を立ててきしみ始めているような危機感を覚えた夏の夕暮れ、お母さんと手をつないで、お話しながら帰る坊やの後ろ姿に、ホッとしました。声をかけて良かったなと、思いました。