東京都高等学校文化祭の「アナウンス部門」と「朗読部門」の決勝大会の審査員を仰せつかりました。3位までに入賞すれば全国大会に出場できます。会場は、咳払い一つできないような張りつめた空気に包まれ、原稿を持つ手の震える音まで伝わってくるようです。懸命にアナウンスに挑む高校生を見ていたら、ふと高校3年生の時の私の無謀な挑戦を思いだしました。
私が通っていた高校にも放送部があって、校庭の片隅で発声練習をしていました。私はバレー部でしたが、アナウンサーになるのが夢でした。小学生の時、担任の先生に「アナウンサーになったらいいよ!」と言われ、その言葉が、時々頭の中でキラキラと輝くのですが、高望みなことはわかっていましたから誰にも言いませんでした。
そんな私が、高校最後の夏休み、何もしなかったら夢は夢で終わってしまうと悩み、夢を実現するためにNHKに行こうと決断したのです。アナウンサーになりたいけれど、どうしたらなれるのかNHKに行って聞いてみようと思ったのです。今考えると、無鉄砲な思いつきでした。誰を訪ねたらいいのかもわからないのですから。
渋谷駅から歩いて15分。天を突いてそびえ立つ建物を見たら怖気づいてしまいましたが、とにかく「受付」と書いてある所をみつけ、映画館のチケット売り場のようなガラス窓の向こう側に座っている女性に声をかけました。
「アナウンサーになりたいのですが、どうしたらいいですか?」
「はあ!?」
呆気にとられたような顔で何度も聞き返した後、上司を呼んでくると言いました。ドキドキしながら待っていると、奥から男の人がやってきました。
「アナウンサーになるには、まず大学に進学していろいろ勉強することだよ。君がNHKに行ってみようと思ったことは素晴らしい。これをあげるから頑張りなさい。」
そう言って私にくれたものは、キャンディーでした。たったそれだけでした。NHKに行くべきか否か、1か月近く悩んだことは、10分ほどで終わりました。
でも、私は満足でした。因みに、そこは当時「展示プラザ」と呼ばれる見学者コースの受付で、放送現場とは関係のないところでした。
今となっては笑い話ですが、あの時の突拍子もない行動がその後私をアナウンサーにしてくれたのだと思うと、青春の無鉄砲さも捨てたものではないと感じています。さまざまな思いを込めてマイクに向かう高校生に、キャンディーをあげて無性に励ましたくなりました。