単身赴任している夫が帰ってきた週末、近くのスーパーマーケットにふたりで夕食の買い出しに行きました。会計を済ませ買った品物を二人で袋に詰めていたら、同じテーブルで食料品を詰めていた女性が、突然声をかけてきました。
「仲が良くてうらやましい。」
はあ!? それって私達のこと……? 思いもかけない言葉に戸惑って、その女性を見ると、ニコニコしながらもう一度同じ言葉を言いました。新婚当初はともかく、結婚してから25年もたつと、ケンカにも年季が入り、遠慮ない言葉をぶつけ合い、時にはそれがストレス解消にも役立っています。面喰っている私達に、その人は3年前にご主人に先立たれてしまったご自分の身の上話を始めました。
長年連れ添ったご主人は、亡くなる前の数年間は寝たきりだったので、一生懸命看病したこと。だから悔いはないけれど、いなくなってしまってからは、寂しくて、心に大きな穴が開いてしまったこと。雨が降っている日は、何もする気になれず、ひとりでずっと泣いているということを語り始めました。大きな荷物を提げて、私達は立ちすくんで耳を傾けていました。80歳を過ぎてからのひとり暮らしは、本当に悲しい! 家に居てばかりではいけないと思い、バス旅行に参加したけれど、他の人には皆連れがいて、かえって悲しさが募るばかり。元気な頃は、よく旅行にも行った。べつに何を話すわけでもなく、ただなんとなく隣に居て、それが当たり前だったけれど、一緒にいるのが当たり前の人がいなくなることが、こんなにも悲しいことだなんて、亡くなって初めて分かった。だから、あなた達、うんと仲良くしなさいよ。
そんな内容のお話でした。途中何度か涙ぐんでお話しなさるので、私も目頭が熱くなり、受け答えに窮することもありました。お身体を大切にして、ご主人の分まで長生きして下さいと言うのが精一杯でした。気がつくと20分も経っていました。見ず知らずの方とのずいぶん長い立ち話でした。車で帰る途中、両手に買い物袋を提げて歩いているその女性の後ろ姿を見つけました。小さな背中でした。
気がつくと、夫にも息子にも文句ばかり言っている私がいます。でも、文句を言ったりケンカをしたりする相手がいるということは、幸せなことなのだと、その女性に教えていただきました。
「これ、おいしいね!」夕飯を食べながら交わすそんなひと言が、たまらなく愛おしいと感じた夜でした。