ほっそりしているけれど、鍛え上げられた身体。初対面なのに、左腕を触ってみたいという私の図々しいお願いに、笑顔で応じて下さいました。その上腕には、きれいな形の力コブが。「なかなかのものでしょ?」天才と言われ12歳でプロデビューしたバイオリニスト、千住真理子さんは、大きな瞳で笑いました。
幻の名器、ストラディヴァリウス「デュランティ」とは運命的な出合いをしました。知り合いから紹介され試しに演奏したら、イチコロ! 高価であったにもかかわらず買うことを決意。手にした後で、最初はローマ法王のもので、その後フランスのデュランティ家の家宝として保管され、なんと300年もの間演奏されることがなかったということが判明。一目ぼれした男性が、実は王子様だったと知らされた気分だったと、千住さんはおっしゃいました。
そんな千住さんが、バイオリニストとして活躍していらっしゃるのも、実は、「ありがとう」という言葉に出合ったからです。20歳のころ、妬みや嫌がらせに耐えきれず、バイオリンを止める決断をし、2年間もバイオリンから離れていたある日、ホスピスや老人ホームでバイオリンを弾くことを勧められました。うまく弾けなかったにもかかわらず、皆さんが口々に「ありがとう」と言って、涙して下さったそうです。余命宣告された方たちの、心からの「ありがとう」を聞いて、人の温かさやぬくもりを伝えられるような演奏をしたい!と心から思ったそうです。「ありがとう」という言葉の奥に託された多くの思いが、再び千住さんにバイオリンと向き合う力を与えてくれたのです。
この話を聞いて、私は、埼玉県が主催した「ふれあいコンサート」の司会をした時のことを思い出しました。障害のある人もない人も、みんな一緒に歌ったり、演奏したり……ボランティアもあわせて16,600人ものたちが心をひとつにした催しでした。コンサートの最後に『翼をください』を全員で合唱しました。歌い終わると、大勢の方たちが私に「ありがとう」と言ってくださいました。言葉の不自由な人は、手を握ってくださいました。ある母親は、「明日からも、この子と頑張って生きていきます。ありがとう」と、涙ながらにおっしゃいました。私も、今ここに元気に集えたことに心から「ありがとう」と言いたくなり、こみあげてくる熱い思いが涙となって溢れでました。
「ありがとう」という言葉には、さまざまな思いが込められているからこそ、人を明日に向かわせる力が宿っているのだと、実感しました。