大丈夫かな…でるかな? 朝ベッドの中で、恐る恐る声をだすと、「アー」。良かった! 声帯は大丈夫!
風邪で喉が痛いと、声帯の動きが気になります。話すために不可欠な声帯の、物言わぬストライキに遭ってから、私は声帯のご機嫌が気になって仕方がないのです。
それは、二十数年前のアナウンサー研修期間中のことでした。発声練習に明け暮れ、ニュースの読み方からリポートまで、習得しなければならないことは山ほどありました。更に初めてのひとり暮らし。緊張感も相まって睡眠不足になっていました。
ある朝、喉に何かが挟まっているような違和感が……。しかも、声をだそうとしたら、全くでないのです。耳鼻咽喉科で診てもらうと、「声帯が動かず、結節もできている」と言われました。睡眠不足のうえに発声練習をしすぎたため、声帯が疲れてピタッと閉じなくなり、先の方が開いたまま声をだしていたので、その隙間を埋めるために、おできのようなものを形成してしまったのです。いわば声帯のタコです。結節が消え、声がでるようになるまで1~2週間。それまでは絶対に声をだしてはいけないという残酷な診断がくだされました。大脳が眠らないと、喉の疲れはとれないことも教わりました。
それからの2週間は地獄でした。研修どころか、電話番もできません。「すみません。喉を痛めてしまい声がでません」と書いたカードを持ち歩きました。「ガラスの声帯だね。」と言われ、アナウンサー失格と突きつけられているような気がしました。喉を休めるためには、音楽も禁止。声帯が歌おうと反応して無理な力がかかってしまうからです。それからも、風邪や疲れで、声がでにくくなることが何度かありました。ガラスの声帯を持つアナウンサーの宿命でした。
治ってからも数年間は、定期的に専門医に通いました。初めて自分の声帯をカメラで映して見たときは、愛おしくて涙がこぼれました。声をだすと、米粒のような白い小さな2枚の襞が、左右からピタッと寄り添うようにくっつくのです。喉の奥の、こんなに小さな器官が、私の生きる術になり、生きている限りこれを使って声をだすのだと思うと、同士のような感情が湧きおこりました。
今では、腹式呼吸もすっかり身に付き、喉に負担をかけない発声の仕方もおぼえ、声帯との付き合いも上手になりました。ガラスの声帯は進化を遂げ、防弾ガラスのように強くなったのでした。