幼いころ、我が家の南側には、小さな田んぼがありました。住宅が立ち並ぶ中に、まるでパッチワークを敷き詰めたような空間が広がっていて、稲刈りが終わると私達にとってはかっこうの遊び場でした。
ある日、弟と蓮華草をつんで遊んでいたら、遠くに小さな人影が見えました。私と同じくらいの年の女の子でした。じっとこちらを見ています。見たことのない顔です。私が立ちあがってニコッとすると、彼女も人なつこい笑顔を返し、ゆっくり近づいてきました。後ろからひょいと小さな顔が飛び出しました。弟さんのようです。一緒に花摘みをしたり追いかけっこをしたりしながら、日が暮れるまで遊びました。
次の日も、その姉弟は田んぼに現れました。彼女は私と同い年。男の子は私の弟より1つ年上でした。いつの間にか4人で遊ぶようになりました。彼女の家は、我が家のすぐ近くにあり、最近引っ越してきたことや、両親と兄、姉、それにふたりの弟がいることを話してくれました。私は彼女が大好きでした。今振り返ると、決してわがままを言わず、いつも私に合わせてくれたからだと思います。彼女の家に遊びに行ったこともありました。子ども心にも、あまりゆとりのない生活を送っていることが感じられました。
小学生になっても、よく一緒に遊びました。学校では、彼女も弟も、皆の嫌がる掃除当番などを進んでしていました。"気のいい姉弟"なのです。ところが、二人とも斜視だったからでしょうか、いじめられるようになりました。特におとなしい弟は、いじめの標的になっていたようです。でも、くじけることなく登校し、帰ってくると私達と遊びました。中学生になったころ、一家は引っ越していきました。
先日、何気なく見ていた夕方のニュース番組で、聞き覚えのある名前を耳にしました。次の瞬間、私の目は画面にくぎ付けになりました。彼女の弟が映っていたからです。番組は、土木作業の仕事がなくなり、不本意な路上生活を送らざるをえなくなった男性が、自立するために頑張っているようすを伝えていました。彼は臆することなく、名前も年齢も明かし取材に応じていました。姉の後ろに隠れるようにしていた弟が、胸を張って、この不況の時代を闘って生きていました。あの頃と変わりない純朴な人柄が伝わってきました。
今度、彼が仕事をしているあの場所に行って声をかけてみよう。私のこと、憶えていてくれるかな? お姉さんの消息も知りたい! 幼いころの田んぼの光景が涙の向こうに浮かんできました。