家の近所の駐車場を1台分借りています。料金は直接大家さんに払いに行き、よく庭で立ち話します。
「見事な藤棚ですね。」 「昔はもっと手をかけていたけど、歳とっちゃって手入れできなくてね。」
庭先に、菊の苗がたくさん並んでいることもありました。私にふた鉢プレゼントするから好きな花を持って行くようにすすめてくださったのですが、雨が降っていたので天気のいい日に出直すことにしました。
でも、私が菊の花をいただくことはありませんでした。大家さんが脳梗塞で倒れ、入院してしまったからです。回復の見込みがないと言われた奥さまは、心細いと訴えます。近所にいながらあまり話す機会のなかったご夫婦でしたが、両親の姿とも重なり放っておけない気がしました。
大家さんは、自治会やお年寄りの会の役員もしていました。近所のひとり暮らしの女性が大病を患ったとき、何度も車で病院まで連れて行ってくれたそうです。面倒見のいい方なのだと知りました。
私は、楽しく会話をすることがリハビリに役立つのではと思い、会話の糸口にするためアルバムを用意するように奥さまに頼んで、お見舞いに行くことにしました。知り合って数か月、私をみても分からないかもしれないという不安もありましたが。
左半身マヒで立つこともできず、食事も摂れないので胃に管を入れて栄養補給をしている大家さんは、痩せてしまい、かつての面影はありませんでした。私が名前を呼ぶと、ゆっくり目をあけ、しばらく私を見た後、「やあ、村松さん」と、挨拶してくださいました。私は嬉しくなりました。
車いすにもたれかかるようにして座った大家さんの隣に座り、持参した私のアルバムを開きながらお喋りしました。言葉がはっきりしないのですが、辛抱強く耳を傾けていると、「この番組見てたよ」とか「このアナウンサー誰だっけ?」という質問も返ってくるようになりました。
大家さんのアルバムも拝見しました。宴会では、ひょうきんな鼻眼鏡をして司会をしていました。定年退職の送別会では、大きな花束を抱えたスーツ姿の大家さんがニッコリ笑っていました。
お酒が好物らしく、途中何度も私にお酒を振舞うように奥さまに指示していました。これまでと違い、一生けん命話そうとする姿に、奥さまは驚いていました。気がつくと2時間近く経っていました。元気だったら10分で聞き出せることが、2時間もかかりました。
もうすぐ藤の花の季節。早く元気になって、藤棚の下で、おいしいお酒を酌み交わせますように。