息子が中学生になったばかりのころ、クラブ活動の早朝練習のため家を出た数分後、電話が鳴りました。
「お宅の坊ちゃんがうちの前で車にはねられました!」
たった今、元気に手を振って自転車で出かけたのに……。私は体の震えを抑えて現場に向かいました。息子は青ざめた顔で、連絡をくれた家の石段に腰をかけていました。無事な姿を見て涙があふれました。
目撃した方々の話によると、一時停止の標識を無視して走ってきた車にはねられたのだそうです。運転していた男性は一旦車から下りて、息子に「大丈夫か?」と尋ねました。息子が「大丈夫です。」と応えると、いつの間にか車で走り去ってしまったそうです。
その日の夕方、車のナンバーから、当て逃げした男性がみつかったと警察から連絡があり、夫が息子を伴って警察に出向きました。
大企業に勤める年配のサラリーマンでした。取り調べにも不誠実で、息子にひと言の詫びも言わない姿を見て、警察官が「あなたの息子がこんな目にあったら、どう思う!」と、怒ったそうです、すると、仕方なさそうに「すんませんでした。」と、初めて謝りました。少しも反省しているようすは感じられなかったと、ふたりは言っていました。
つい数日前、今度は私がぶつけられました……といっても、車ではなくスキーでぶつけられたのでした。滑り出す時は、周りをよく確認してからと、細心の注意を払って滑り出したのに、突然、後ろから衝撃を受け、雪の上に前のめりに叩きつけられました。こみ上げてくる怒りを抑えながら振り向くと、そこには小さな坊やが尻もちをつく格好でしゃがみこんでいました。てっきり大人だと思っていたので、私は言葉を失いました。すると、その幼稚園児ぐらいの子が、泣きそうな声で、 「ケガはありませんでしたか?」 思いもかけない言葉に、私は戸惑いました。 「大丈夫。君は?」 「大丈夫です。」 「どうして、ぶつかっちゃったのかしら?」 私が尋ねると、目にいっぱい涙をためて、 「……言い訳のしようもありません。僕が悪いんです。ごめんなさい。」
"言い訳のしようもありません"小さな紳士の心からのお詫びの言葉に、私はびっくりするやら感心するやら……私の心は一気に和みました。息子をはねても何くわぬ顔で仕事をしていた、あの男性に教えてあげたいお詫びの言葉でした。食品や耐震でごまかしている大人たちにも、子どもの頃の素直な気持ちを思いだしてほしいものです。