行きつけの都心の美容院が混んでいて予約が取れなかったので、近所の美容院で髪を切ってもらったときのことです。雑誌を読んで待っていると、お茶と銀紙に包んだ物が差し出されました。 「村松さんが来るっていうから、焼いたの。食べてみて。」
美容師さんの母親が、ニッコリ笑って立っていました。70歳をすぎ美容師を引退してからも、よくお店に顔を出し、お茶を振舞ってくださいます。銀紙のなかは、ホッカホカの焼きイモでした。 「鹿児島のお芋なんだけれど、どうかしらねぇ。」
半分に割ると、ホワッと湯気と一緒にサツマイモの香りが立ちあがってきました。夕暮れ時、お腹もすいていたので、おいしかったのは言うまでもありません。でも、しだいに、私は焼き芋が胸につかえて飲み込めなくなってしまいました。祖母を思い出したからです。
96歳で亡くなった祖母の大好物は、焼き芋でした。実家では、午後のお茶の時間に、お茶菓子と共に必ず出てくるのが焼き芋でした。 「お母さん(私の母のこと)の焼いたサツマイモは、本当においしいよぉ!」と言いながら、祖母は眼を細めて食べていました。私は、あまり食べませんでしたが……。
総入れ歯になってからも、毎日2本の焼き芋は欠かせません。入れ歯が合わなくなってしまい、上の歯だけになっても、モグモグ……。90歳を過ぎたころから祖母の認知症は進み、両親も年老いて在宅介護は大変でしたが、3時のお茶の時間には、変わりなく母の焼いたサツマイモがありました。表情が乏しくなった祖母ですが、焼き芋を食べるときは、ニコニコしてご機嫌でした。サツマイモは、祖母の元気の素だったのです。
車いすの生活になり介護施設に入るようになってからも、母はサツマイモを焼いて祖母の許を訪れました。車いすに座る力がなくなっても、小さな一切れを食べると、歯のない口をあけて嬉しそうな顔をしました。ある時、祖母が残したお芋を食べてみました。驚きました。おいしかったのです。買ってくる石焼き芋より遥かに甘く、しっとりホクホクしていました。私が「おいしい!」と声をあげると、祖母は自慢気に、 「お母さんの作る焼き芋は、ほんとうにおいしいだろう。」 と、小さな声で言いました。
私や父の顔を忘れることがあっても、母のことは最後までしっかり覚えていました。あの頃、もっと一緒に「おいしいね!」って、食べてあげればよかった……。久しぶりの焼き芋に、思わず目頭が熱くなりました。