結婚したてに住んでいたアパートでのことです。夕飯の支度をしていたら、ドアの外でドゥンッ!という鈍い音がしました。玄関を開けた瞬間、私は「ギャッ!」と叫び、後ずさりしました。見たこともない物がうずくまっていたのです。両端が細く、真ん中がボールを飲み込んだように膨らんでいます。私の声で我に返ったのか動き出しました。それが蛇であると分かるまで、かなりの時間を要しました。お腹を、ズルッ、ズルッと引きずって去っていきました。お風呂の煙突の辺りに巣作りしていた雀を襲って落ちてきたようです。大きく息を吐いて家に入ろうとしたら、足元で何かがピクッと動きました。
「うわっ!」 そこには、蛇より奇怪な、小さな肉の塊が転がっていました。ふたつの大きなコブの下に小さな黄色の嘴らしきものが。雀の雛!? 西日に晒され、ぐったりしています。初めて見るその異様な姿に私は触ることもできませんでした。
その時、新聞配達の青年がやってきたので、頼んでざるに入れてもらいました。気持ち悪いと言いながら、青年は両手でそっと持ち上げ、布を敷いたざるの中に入れてくれました。
スポイトに水を含ませ嘴めがけて垂らしてみると、顔全体が口かと思うほど、嘴をめいっぱい開けるではありませんか。まだ生きている! 親鳥の真似をして鳴いてみると、声のするほうに口をあけます。その中に水を垂らしました。一滴ごとに元気になり、毛のない翼を動かすようになりました。ゆで卵の黄身を楊枝の先につけて与えてみると、喉を震わせながら飲み込んでいきます。やがて、大きく膨らんだふたつのコブが、私を見ていることに気がつきました。目が開いたのです。鳥は初めて見たものを親と思うと聞きましたが、本当でした。
"チュン助"と名づけたその鳥は、片時も私のそばを離れませんでした。飛び跳ねながら私のあとをついてきます。所構わず落とされたフンを拭くのが日課になりました。チュン助は、みるみる成長し、ポヨポヨした産毛が茶色に染まり、正真正銘の雀になりました。鼻を押し付けると日向の匂いがしました。人差し指にとまらせ、指を下げると羽ばたくようになり、上手に飛べるようになりました。
ところが、ひと月ほどたったある日、帰宅すると、チュン助は冷たくなっていました。仕事が長引き帰りが遅くなったことを悔やみました。硬くなった体を掌にのせ私は泣きました。以前は当たり前のようにいた雀ですが、巣を作る場所が少なくなり、都会ではめっきり数が減ってしまったとか・・・・・・。時折、雀を見かけると、あの日向の匂いを思い出します。