先日、風邪気味だったのでかかりつけのお医者さんに行ったら、待合室の本棚に目が釘付けになりました。息子が幼い頃、読んであげた絵本が並んでいたのです。手にとると、躍るような字で息子の名前が書かれていました。覚えたての平仮名の「む」の字は特に難しかったようで、どちら側に丸を書くのか悩んでいるようすがうかがえました。それらは、小学校高学年になったときに寄付した絵本でした。
息子が幼稚園に通っていた頃、私はNHKの夕方のニュース番組を担当していました。帰宅するのは9時過ぎで、息子は、毎晩寝る前の絵本の時間を楽しみに待っていました。お気に入りの本を持ってベッドにやって来ます。最もたくさん読んであげたのは『びっくりかぼちゃ』。森のはずれにひとりで住んでいたおじいさんが、ある日かぼちゃを植えたら、ぐんぐん大きくなって、動物達が見に来るようになり、やがて、動物達とそのかぼちゃで家を作り楽しく暮らした・・・という物語です。結末もわかっているのに、毎回息子は同じところで笑い、読み終わるとホッとした表情を見せました。
疲れていて絵本を読む気になれないときは、『タックン』(息子の愛称)という正義の味方を主人公にした短い物語を適当に作って話してあげました。こちらの思惑通り、すぐに寝息が聞こえればいいのですが、時には私のほうが先にウトウトしてしまうことも。また、息子がぐんぐん話に引き込まれるようすが面白くなって、つい力が入り、気がつくと眠るどころか大興奮して目を輝かせてしまうこともありました。
そのうち、私の作るストーリーにケチをつけるようになりました。なにしろ主人公は自分ですから、かっこ良くなければいけません。ズッコケた終わり方だと納得してくれないのです。そこで、話のリレーをしてみることにしました。まず私が話し始め、続きを息子が作り、更にその先を私が作り・・・こうしてタックンの冒険談ができあがります。しだいに、メチャクチャな話の展開にして、相手がどうつないでいくのかを楽しむようになりました。
あの頃は、それを面倒だと感じたこともありました。でも、仕事に追われていた私にとっては、子どもと向き合える、かけがえのないひと時だったのです。今では息子も大学生。顔を見ると小言ばかり言ってしまう私ですが、待合室の絵本は、あの頃の優しい気持ちを思い出させてくれ、なんだか風邪も良くなったような気がしました。