「ワッハッハ、ワッハッハ、ワッハ、ワッハ、ワッハッハー♪」
歌っているのか、笑っているのか、三三七拍子にあわせて「ワッハッハ」と声をだしているうちに、なぜか楽しくなってくる不思議なコンサート。それが、ジャズピアニスト河野康弘さんのコンサートです。先日、久しぶりに河野さんの演奏を聴き、熱い思いがよみがえってきました。
今から20年ほど前、ラジオの「NHKジャーナル」で、使われずに眠っているピアノの出前演奏をする「ピアノお目覚めコンサート」を紹介したことがありました。それが河野さんでした。10年ほど前からは、会場で募金を集め、ピアノを修理して国内外の学校などに贈る活動もしています。近所にお住まいということもあって、息子が通っていた小学校にも来ていただきました。
「ピアノは森の木を切って作る。だから百年以上の寿命があるのに、使わないのはもったいないでしょう。」という話から始まり、地球や環境について語りかけながら、その時々の聴衆に合わせた曲を演奏します。プログラムに欠かせないのが「ワッハッハのうた」です。河野さんの伴奏に合わせて全員で「ワッハッハ」と歌うのですが、途中からは会場の人にリズムに合わせて自由にピアノを弾いてもらいます。ピアノは初めてでも楽しい気持ちを表現すればいいのだという河野さんの言葉に、たちまち小学生の長い列ができました。
そんな河野さんに、ある福祉施設でコンサートをお願いしました。さまざまな障害のある人たちが働く施設です。クライマックスの「ワッハッハのうた」になったとき、私は実は不安でした。誰もピアノの前に行かないかもしれないと思ったからです。案の定、誰一人手を挙げません。私が行こうかなと思ったその時、ひとりが歩み出ました。手が不自由なその人に、河野さんは肘でピアノを弾くように促しました。初めは遠慮がちに肘で鍵盤を押さえていましたが、やがて体をスイングしながら弾きだしました。その様子を見て皆ピアノの前に押しかけました。人さし指で慎重に弾く人、両手を思い切り高く上げて格好良く弾く人、いずれ劣らぬ"名ピアニスト"。
最後に手を挙げた人は、目も耳も不自由な、車椅子に座った男性でした。言葉も話せません。指文字だけが頼りです。彼は、車椅子に座ったまま、ピアノに抱きつくように体を押し付けて、その振動を感じていたのです。ピアノの前まで連れて行ってもらい鍵盤に手をおいてもらうと、演奏開始。勢い余って鍵盤から手がはずれてしまうことも! 右へ左へと揺れる彼の背中が、初めてのピアノの感触を楽しんでいることを物語っていました。「音楽は心で感じ、心で演奏するもの」ということを実感した瞬間でした。
若い頃は矢沢永吉バンドにいたという河野さん。「あの頃、リーゼントにしといて良かった。今はしたくてもできないからね。」と、幾分広くなった額に手をあてて、爽やかに笑うのでした。