猫のミルキーは、12歳。人間でいえば還暦を過ぎた頃でしょうか。家の中で飼っているので、夏は涼しく、冬は暖かい、居心地のいいところをさがす名人です。この頃は、そんなお気に入りの場所で日がな一日寝ていることが多くなりました。名前を呼ぶと「みゃー」とかわいい声で応えます。お昼寝中だと、長い尻尾を迷惑そうに振って応えます。
そのミルキーが、家出をしました。これまでも何回か家人の目を盗んで外に出たことはありましたが、30分もすれば戻ってきました。ところが、その日は夜になっても帰ってきません。車にはねられたのではないか、ケンカしてかみつかれてしまったのではないか……。不安がよぎりました。
翌日からミルキー捜しが始まりました。が、一向にみつからず、しだいに焦ってきました。そこで、昼間ではなく真夜中に捜しに行くことにしました。夜空に凍りついたように月が光っていました。私は小さい声でミルキーの名前を呼びながら、植え込みなどを覗きこむように必死で捜しました。1時間ほど歩いてもみつからず、あきらめようとしましたが、最後にもう1度、ミルキーが首につけている鈴の音が聞こえたような気がした通りを歩くことにしました。
「ミルキー、ミルキー」すると、遠くに人影ならぬ猫影がふたつ現れました。電信柱の下にチョコンと並んで、じっと私のほうを見ています。ひとつの影は明らかにミルキーでした。はやる心を抑えながら近づいていくと、ミルキーはさっと隠れてしまいました。もう1匹の猫は警戒しながらも私の顔を見上げていました。若いオス猫のようです。ミルキーよりひとまわり小さいその猫は、「トム」という名前が似合いそうな猫でした。ミルキーは、ボーイフレンドがいたから帰ってこなかったのです。
「ミルキーはどこかな?」と、私が話しかけると、まるで「ミルキーって私のことだっけ?」というように、ミルキーが出てきました。私は夢中になってミルキーを抱き上げ、頬ずりして泣きました。それを見届けるかのように、トムは姿を消しました。ミルキーは、トムを追いかけようと私の腕の中でもがきました。いつもフニャッとしているミルキーからは想像もできない強い力に、私は危うく手を離しそうになりました。
こうしてミルキーの恋の逃避行は幕を閉じました。それにしても、こんなおばあちゃん猫なのに、かわいいボーイフレンドができたものだと、私は感心しました。体中にクモの巣や枯葉をいっぱいつけて帰ってきたミルキー。恋しいトムと別れさせられたことを恨んでいるかのように、しばらくは私が名前を呼んでも、返事はおろか尻尾で応えてもくれませんでした。
「猫の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死んじまえ」と思っていたのかもしれません。ごめんね、ミルキー。