「もしもし、ご主人様いらっしゃいますか?私、先日マンション販売のご案内をさせていただいた者です。」 「今、外出しております。我が家にはマンションを買う余裕はありません。」 レギュラー番組をやめて自宅でエッセイを書く生活を始めたら、日に何回もこの手の電話がかかってくるようになりました。まるで私のようすを見ているかのように、筆が進んでくると決まって電話が鳴り出します。マンション、お墓、塾、家庭教師、畳替え、大掃除、エステ……etc. 仕事の電話もあるので出ないわけにもいかず、電話が鳴るたびにビクッとしてストレスの日々でした。どうしたものかと思案して、あの手この手と試した挙句、究極の撃退策を編み出しました。 「もしもし、ご主人様いらっしゃいますか?私マンション販売の……。」 「夫はもういません!別れました。もう電話なさらないでください。」 嘘をつくのは気がとがめるけれど、こうでもしなければいくら断ってもしつこくかかってくるのです。(こうして夫とは何回も離婚したことになっています。) ある日、原稿が書けずイライラしていたら、進学塾から電話がかかってきました。 「お宅の息子さんのためにさまざまな分析のもと考えられた独自のシステムを駆使して責任を持って指導し確実に成果をあげることをお約束する……」 「ちょっと待って!今、セールストークの原稿を読んでいるでしょ。そんなんじゃ、誰も聞いてくれないわよ。ちょっと読んでみて!」 原稿棒読みのあまりのひどさに、私はプロ根性が頭をもたげ話し方のレッスンを始めてしまいました。 「内容を、まず自分が理解しないと相手に伝わらないでしょ。そのためには、短い文章にすることが大切ね。それと、言葉には体温があるの。漢字の多い文章は冷たい印象を受けるでしょう。ひらがなの多い文章にして、心をこめて話しかけるようにするの。わかった? じゃ、もう一回言ってみて。」 電話の向こうのアルバイトふうの男性は、素直に応じ、夢中になって何度も練習しました。気がつくと20分もたっていました。 「ありがとうございます。いつもすぐに電話を切られてしまって、途方にくれていたんです。」 「がんばってね!」 人助けをしたような爽やかな気分で受話器をおいた後、「アレッ?なにやっているんだろう!」と思ったら、笑いがこみあげてきました。あー、すっきりした! セールス電話がストレス解消になるとは夢にも思いませんでした。