「ただいまぁ」 「おかえりなさい。きょうは学校どうだった?」 「べつにぃ」 「なにか楽しいこと、あった?」 「べつにぃ」 「クラブ、どうだった?」 「べつにぃ」 「『べつに』しか、言葉を知らないの!」 「まじ?」(も知ってるよ)
人は、会話のキャッチボールをしながら心を通わせていきますが、中学三年生の息子とのキャッチボールはなかなかうまくいきません。中学生ってどんなことを考えているのだろう? まるで宇宙人のようだと思っていた私は、ある日地元の中学校の卒業式に教育委員として参加していて、その答えをみたような気がしました。
卒業証書授与式が終わった後、突然会場が真っ暗になりました。なにが始まるのだろうと思っていたら、スタンドマイクにスポットライトがあたり、卒業生が企画した「別れの言葉」が始まりました。ピアノの「さよなら大好きな人」などのメロディーにのせて、入学してから卒業するまでの心に残る思い出をひとりずつ語り始めました。親友とケンカして悲しかったこと、クラブの最後の試合で負けてしまったこと、合唱祭にむけて皆でくじけそうになりながらも練習したことなど……。ひとつひとつの出来事を、宝物のように抱きしめながら、時には涙をこらえながら一生懸命に語るその姿に私はひきこまれていきました。会場はしだいにすすり泣く声に包まれていきました。朝、念入りにお化粧したから泣かないようにしようと思ったのに、私はついにこらえきれなくなりました。それは、受験に失敗した男子生徒の言葉をきいたからです。
「合格発表の日、僕はひとりで見に行った。掲示板を見上げた。ない! もう一度見た。なかった。僕はたまらなくなって走り出した。どこをどう走ったか覚えていない。気がついたら家に帰っていた。母さんがいた。母さんに笑顔でダメだったと言った。それから自分の部屋に行って思いきり泣いた。」
どんなに辛かっただろう。悔しかっただろう。でも、母親には心配をかけたくないから笑顔で告げたその優しさ。卒業式に皆の前で言うことで、それを乗り越えようとするその姿に心をうたれました。「がんばれ!」と、心の中で拍手を送りました。中学の三年間は体だけでなく心も大きく成長しているのだと実感しました。
息子との会話のキャッチボールは相変わらずです。でも、その言葉の奥に揺れ動く心の動きはしっかり受け止めようと、私はきょうも心のグローブを準備しています。