4年前に家を建て替えた時、隣家とのブロック塀も新しくしました。現在の建築基準に従い低くしたのです。道路に面した塀も取り払い、鳩が巣をつくっていた金木犀なども伐採し、車のゲートも外してすっきりしました。さえぎるものがなくなり、道路から丸見え状態です。小さな花壇を作り、夏の間は毎日水をまきます。今年は白い大きな花穂を持つ柏葉紫陽花が見事に咲きました。「紫陽花に似ているけれど、何という花ですか?」と、通りかかかった人に声をかけられます。帽子をかぶり草むしりしていると「ごくろうさまです」と、道ゆく人が声をかけてくれるようになりました。塀がなくなると、言葉を交わしやすくなると気がつきました。
去年の春先、「きょうは、暑くなりそうだね」と、ボソッと言う声に顔をあげると、隣家のご主人が煙草を吸いに庭に出ていました。それまでは、庭に出ても顔が見えなかったので、挨拶程度のお付き合いだったのですが、お孫さんのことや健康のこと、時事問題まで、おしゃべりに花が咲くようになりました。夫が退職して家にいるようになってからは、男同士でよく話し込んでいました。
ある時、奥様から「煙草をやめてほしいのに、いくら言ってもダメなの」という悩みを聞き、夫が離煙パイプで禁煙に成功したことを伝え勧めてみました。それからというもの、禁煙に成功したかどうかが隣家との大きな話題になりました。煙草好きだった父が肺がんで命を落としたことも話し、母が他界した時には、奥様も涙してくれました。いつの間にか、いろいろと話すようになったのです。
ある日、隣家から三陸沖の若芽をいただきました。離煙パイプのおかげで禁煙できたというのです。煙草をやめたご主人はあまり庭に出てこなくなり、しばらく姿を見かけないなと思ったら、亡くなってしまったというではありませんか! 突然呼吸困難になり、救急車で病院に運ばれ、2週間で亡くなってしまったそうです。肺がんでした。
幼い頃、実家には近所のお年寄りが毎日やってきました。誰が具合悪いとか、誰と誰がケンカしたとか、さまざまな情報が集まってきました。でも、今は隣にどんな人が住んでいるのかさえもわからない社会になってしまいました。塀を低くすることで会話が生まれ、心の垣根も低くなり、近所の方々との距離が縮まるのですね。主をなくしたサンダルがポツンと置いてあります。ご主人がまたひょっこり顔を出すような気がしてなりません。