川口松太郎の長編小説「あいぜんかつら」は、医師津村浩三と看護婦高石かつ枝の物語で、映画の主題歌「旅の夜風」は大ヒットしました。亡き父の十八番で、母は父の歌声が入ったCDを毎日聞いていたので、歌にはなじみがありますが、ストーリーは知りませんでした。先日大学の同窓会の集まりがあり、いつも紙芝居を披露してくださる先輩が「あいぜんかつら」を持ってきて、高石かつ枝役を私にやってほしいと言うではありませんか! 北海道帯広市にお住まいの男性で、定年退職後、ボランティアでお年寄りの施設などを訪問し紙芝居をしている方です。快く引き受けたら、かつ枝の子ども、妹、それに津村医師の母親の合わせて4役も演じさせられました。
下読みもしないで、いきなり本番です。紙芝居は原稿の下の方に演出ノートがあり、「せつなそうに」「慌てた様子で」といった具合に読み方のアドバイスが書いてあります。それを加味しながら、私は時にかつ枝に、時にかつ枝の子供役になりきって演じました。私はマイクを使いましたが、先輩はマイクを使いません。会場の隅々まで届く大きな声で、情緒たっぷりに語ります。間の取り方が絶妙です。アドリブまで入ります。元気の塊のような方で、その声量とエネルギーに圧倒され、こちらも自然に熱が入ります。相手の心意気を感じると、自分も応えようとエネルギーがわいてくるのです。きっと、多くの方達が紙芝居を見て笑顔になったことでしょう。
どこからそんなパワーが湧いてくるのか聞いてみると、なんと、数年前に声が出にくくなり疲れやすいので病院に行ったら、中咽頭がんでステージ2と言われたそうです。更に食道がんもみつかり、こちらはステージ4。リンパ節にも転移があり絶望的だったそうです。手術はできないので、放射線と抗がん剤で治療しました。放射線を当てている間「治れ、治れ!がん細胞消えろ!」と、ずっと念じていたそうです。すると、奇跡的にがんが消滅したというのです。命拾いしたその喜びが原動力となり、情熱的な紙芝居が生まれてくるのでしょう。
おりしも、知り合いの息子さんが急性骨髄性白血病と闘っていて、一縷の望みをつないで臍帯血移植をしたのに亡くなってしまったという知らせをうけたばかりでした。気持ちの在りようだけではどうにもならないのが病気ですが、「奇跡的にがんが治った」という話を聞くと、励みになり元気が出てきます。闘病中の皆さま、奇跡は起こりますよ!「あいぜんかつら」も奇跡のストーリーですから。