1歳半になる孫が、初めて発した言葉は「ぶー」でした。なかなか言葉が出ないので心配していたら、ある日お嫁さんから動画が送られてきました。可愛い布にアップリケをして作った車を、ボタンでつなげるおもちゃを前に撮影したものです。その布の車は、私の朗読教室に通ってくださる方が、孫の誕生祝いに作ってくれたものです。それを指さして「ぶー!」と言ったのです。ぶーぶー(車)が大好きな孫が最初に言った言葉が「ぶー」だったのです。口輪筋をしっかり使って、口をすぼめて「ぶー」とうれしそうに何度も言っていました。
その布の車を作ってくださった方は、我が家の近所にお住まいです。お孫さんがいらっしゃらないので、私に孫が誕生した時は自分の事のように喜んでくれました。この動画を見せてお礼を言わなきゃ! わざわざ訪ねていくのも大げさな気がしたので、朗読教室のときでいいと思いました。ところが、新型コロナウイルスの影響で教室は休講になり、しばらくご無沙汰してしまったのです。
ある朝、チャイムが鳴りました。その方のご主人が訪ねてきました。無口で挨拶以外余計なことは一切語らない人です。嫌な予感がしました。予感は的中してしまいました。2週間程前の朝、玄関で倒れ救急車で運ばれ手術を受けたというのです。くも膜下出血でした。手術は厳しい状況で、意識は戻ったものの、言葉を交わせる状態ではないので家族以外は面会できないということでした。無口なご主人が、理路整然と丁寧に説明してくださることに感心すると同時に、切羽詰まった状況であることが伝わってきました。こんなことになってしまうとは……。もっと早く動画をご覧いただけば良かった! 後悔してもしきれません。
私が母を失った時、彼女は私のことを気にかけてくださり、餃子を作って持ってきてくださいました。夫が単身赴任中でプチ鬱状態だった私にとって、涙が出るほどうれしいお心遣いでした。風邪で喉が痛いと言うと、絹でマフラーを作ってくれました。絹は肌に優しいから、これを首に巻いておくといいと言うのです。おしゃれな和服用の手提げ袋やカード入れなど、いつの間にか私は彼女の手作りの物を愛用していることに気づきました。私の朗読を聴いて、朗読を勉強したいと思ったそうです。はじめは声も小さく早口でしたが、今では緩急、強弱を駆使して心のこもった朗読ができるようになったのに……。今度は私が恩返しをする番です。面会できるようになったら、会いに行きますからね。発声練習しましょうね。