「このところ死ぬことばかり考えています。生きていても楽しいこともないし、苦しまずに死ぬにはどうしたらいいかと主人に尋ねたら、青酸カリがいいんじゃない?と言っていました」。
私の講座に通ってくださる方の、ある日の近況報告です。かわいらしい声で、さらっと話してくださいましたが、悩みは深いと感じました。長引く自粛生活で、閉塞感にさいなまれている人は多いと思います。
一人暮らしのご高齢の女性も「誰とも喋らない日が続き、毎日つまらないなと感じています。散歩や買い物に行っても、耳が遠いので相手が何を言っているのか聞こえないんですよ。死んでしまいたいと時々思います」と話していました。
その日は、新聞で見つけた記事を教材として用意していました。美しい日本語や言葉の力についての作文やエッセーに送られる日本語大賞で、最優秀の文部科学大臣賞を受賞した小学1年生の佐藤亘紀君が書いた作文です。「おとうさんにもらったやさしいうそ」というタイトルです。
「お父さんは遠いところで仕事をすることになったから、お母さんと元気にすごしてね」。この言葉の1週間後、お父さんは白血病で亡くなってしまいました。亘紀君は2歳だったので覚えていないけれど、お母さんのスマホにその時の動画が残されています。お父さんは、僕を悲しませないように噓をついてくれたのだから、お父さんの優しさを思って、がんばろう!と思います、という作文です。
冒頭でご紹介した女性がこの作文を朗読したら、途中から声が震えだしました。涙をこらえて懸命に読んでいました。その姿に、皆もらい泣きしました。幼いわが子を残して旅立っていかなくてはならない父親の辛さ、そのようすを録画して、息子に見せながら子育てをしてきた母親、そして「お父さんの言葉を守ってお母さんと元気にすごしていくよ。お父さん、優しいうそをありがとう」という少年の健気な思い。作文の向こう側に、家族の強くて温かい絆や、言葉に託す想いの深さを感じることができます。誰かの気持ちに寄り添い共感することで、心はみずみずしさを取り戻すことができるのです。
「もう死ぬことは考えません。今ある命に感謝して前向きに生きていきます!」彼女は足取りも軽く、教室を後にしました。コロナ禍で人との触れ合いが減って心を閉ざしがちです。でも、新聞や雑誌、映画や本などに手を伸ばしてみると、心の扉を開くきっかけが見つかりますよ。それは、思い詰めた気持ちを解き放してくれます。がんばりましょう!