「先生、メールのお返事もしないで、すみません。これが最後の電話になると思います。いろいろお世話になりました。ありがとうございます」思いがけない電話に、一瞬言葉が出ませんでした。
私の朗読講座に長く通っている女性からの電話でした。朗読、上手だなぁ…と、いつも感心していました。癖がなく間の取り方も自然で、まるで自分が書いたかのように読むことができるのです。小学校の先生をしていたそうで、何事もきちんとしていて凛としたたたずまいが魅力です。しかも活発で、講座後のランチタイムには大活躍。十数人が入れるお店はなかなかないのですが、「私、見てきます!」と言うが早いか走り出すような人でした。甘くてよい香りのするポポーも、彼女に教えていただきました。庭の木にポポーがなったからと、皆に持ってきてくれたのです。捨て猫を飼っていて、写真入りのカレンダーを作ってプレゼントしてくださったこともあります。一緒にいると心地よくて、帰りの電車内でのおしゃべりが楽しみでした。
ところが、コロナ禍前、健康診断でガンが見つかりました。手術をして必ず元気になって戻ってくると約束し、しばらく講座を休むことになりました。手術は成功したのですが、患部が癒着してしまい再手術。入退院を繰り返していました。ようやく講座に復帰できて皆で大喜びしたのですが、痩せていたのが気になりました。やがてコロナ禍に突入してしまい、彼女は病み上がりなので講座に参加することはできませんでした。でも、図書館での読み聞かせのボランティアに参加したということを聞き、徐々に回復しているのだろうと思っていました。
そんな矢先、突然お別れの電話が来たのです。コロナ禍で家族にも思うように会えなかったけれど、諦めずに頑張ったそうです。でも、最期は自宅で迎えようと、人生の始末を自分なりにしっかりできたので悔いはないと言っていました。電話を切りたくない、もっと声を聴いていたいと思いましたが、苦しそうな息遣いに無理は言えませんでした。
数週間後、彼女は旅立っていきました。自分の方が辛いのに、いつも私を気遣ってくれる方でした。「先生、泣かないで。先生も無理なさらずに、お元気でいてくださいね」。最後の電話でも私に温かい言葉をかけてくれました。3年前、らっきょう漬けは花椒(かしょう)を使うとおいしいと教えてくれましたね。いただいたレシピを見ながら、来年こそ作りますよ。成果を見てもらえないのが残念でなりません。