「きれいに咲きましたねー。蘭の鉢植えが玄関先に並んでいると豪華ですね。」
私の言葉に、義父は嬉しそうにシンビジウムの育て方について話してくれました。じつに見事に花がついていました。義父は器用な人でした。定年退職後、独学でワープロを習い老人会のお知らせなどを作っていました。花の手入れも上手で、庭の話になると、とても熱心に語ってくれました。ある時、私にシンビジウムの鉢を持たせてくれると言いました。「車で来ているから、たくさん持って行くといいよ」と言うではありませんか!
あの時断っておけばよかったのですが、断ると義父が気を悪くするだろうと思い、2鉢貰って帰りました。花を見るのは好きですが、育てる自信がありません。私以上に花に関心のない夫は知らん顔。案の定、シンビジウムはあまり花をつけなくなりました。肥料も忘れてしまい、ベランダの隅に置いたまま月日が経ちました。ある日、鉢が割れていることに気が付きました。「根が大きくなったら株分けをしないと鉢が割れてしまうよ」と言っていた、義父の言葉を思い出しました。新しい鉢を買ってきて、見よう見まねで株分けを決行しました。シンビジウムはちょっと嬉しそうでした。でも、その時報告したいと思った義父はすでにこの世にいませんでした。
その後、私の家にやってきた母が「シンビジウムが咲いているね」と言うので、私は「良かったらあげるよ!」と言い、母に押し付けてしまいました。私にとっては重荷に感じられたからです。母も断り切れなかったのかもしれませんが、母はまるでシンビジウムの声が聞こえるかのように上手に育てました。冬、実家に行くと元気な蘭の鉢植えが迎えてくれました。義父に顔向けできたと、内心ほっとしていました。
その母が亡くなってしまい、シンビジウムの鉢植えたちは、再びわが家に戻ってきました。母が他界したことがショックで、数年間はシンビジウムのことは記憶にありません。そんな私を見かねて、夫が世話をしてくれるようになりました。株分けもしてくれました。義父が元気なころは、シンビジウムの話などしたこともなかった息子が、今はシンビジウム当番になったのです。義父も喜んでいることでしょう。
4つに増えたシンビジウムの鉢は、玄関前に並んでいます。その鉢に水をあげているのは、4歳になったばかりの孫です。人の命には限りがあるけれど、シンビジウムは脈々と生き続けています。庭の水まきが大好きな孫が、このシンビジウムを引き取ってくれるといいな……。