10月16日、5年ぶりに朗読公演を行いました。さねとうあきらさんの代表作「おこんじょうるり」は、目の見えない、いたこのばば様と、じょうるりのうまい狐の物語です。さねとうさんは亡くなる前に「村松さん、おこんを頼みます」とおっしゃいました。コロナ禍ということもあり、気がついたら最後に朗読してから5年も経っていました。久しぶりに「おこん」に会いたくなりました。そこで、知り合いのお箏奏者柴田裕子さんに連絡しました。これまでは著作権フリーの音楽をBGMに使っていましたが、「おこんじょうるり」には、やはり邦楽が合うので、柴田さんにお箏で演奏していただきたかったからです。快くお引き受けくださいましたが、感染者が増え続けているため打ち合わせもままなりませんでした。
数か月後、ほぼ完成したという連絡を受け柴田さんのお宅におじゃました。私はそこで衝撃を受けました。広いリビングルームの中で、お箏が圧倒的な存在感を放っていたからです。十三絃のお箏の横に、さらに大きいものがデーンとかまえています。十七絃です。低音を出すことができる十七絃は十三絃より大きく柱(じ)には象牙が使われているそうです。
間近で聴くお箏の音色にも衝撃を受けました。予想外に響く大きな音で、「人間の声には負けないから」という威圧感さえ感じたほどです。「仲良くしようね」と私は心の中で念じました。さらに感動したのは表現力が豊かなことです。蔵の中からネズミがチューチューキーキーとび出してくるところは、まるでお箏がネズミの声のような音を出すのです。紫田さんのなせる技です。ばば様が尻もちをつくシーンでは、胴をバチッと下から叩きます。そのタイミングを合わせるために何度も練習しました。回を重ねるごとに、私の声とお箏の音色が溶け合っていく手ごたえを感じました。これまでは一人でしたが、柴田さんと一緒に呼吸を合わせ心をひとつにして物語の世界を創りだすことは、なんと楽しいことか! その醍醐味を感じたことが一番の収穫でした。
本番当日、広い舞台で私は下手(しもて)に、柴田さんは上手(かみて)にスタンバイ。本番では気持ちが入り込んだためか、予定より10分も長くかかってしまいました。うまく収まったのは、ひとえに柴田さんが私の朗読に合わせてくれたからです。木野ユリコさんが描いてくれたイラストもイキイキしていて、ちょっとかわいくなった「おこん」は、きっと喜んでいることでしょう。良い作品はこうして人の手によって進化し語り継がれていくのですね。