生命保険会社から話し方研修会の講師を頼まれ、ふとある出会いを思いだしました。40年程前、静岡県の放送局でアナウンサーをしていた私の所に、保険会社に就職した友人が保険に入ってほしいとやってきました。ノルマがあるらしく、人助けと思い加入しました。
数年後東京に戻ると、新しい担当者が挨拶に来るという連絡が入りました。時間通りにチャイムが鳴ると、凛(りん)とした佇まいの落ち着いた女性が立っていました。第一印象は“仕事ができる人”。ところが、コーヒーを淹れてリビングに戻ると、彼女のようすがなんだか変です。ソファーに座ったままお腹のあたりに手を当てて、あたふたしています。どうしたのか尋ねると、「ワンピースのベルトを忘れてきてしまった。恥ずかしい!」と言うので、大笑いしました。言わなければわからないのに、気づいたら話さずにはいられないところが自分に似ていると思い親近感を覚えました。
彼女があまりにも恐縮しているので、私は友人のことを話しました。学校に着いてコートを脱ごうとしたらスカートをはいていなかったことに気づき慌てて戻ったというのです。そんな「あるある話」を披露しあい、大いに盛り上がりました。仕事や家族のこと、彼女はシングルマザーであることも話してくれました。意気投合とは、まさにこのことです。
スマホもなかった時代ですから、たまに電話で話すだけで、次に会ったのは、歩き始めたばかりの息子を連れて彼女の家に遊びに行った時だったでしょうか。お昼ご飯を作ってごちそうしてくれました。その後、お子さんが不登校になってしまい悩んでいると聞き、私は国立市にある通信制の高校「NHK学園」を紹介しました。
5,6年前、彼女から大きな荷物が届きました。着物や食料品などと一緒にたくさんの文庫本が入っていました。彼女の大好きな時代小説です。それがきっかけで夫はすっかり時代小説ファンになりました。
昨年の秋、八王子で朗読のステージをしたときには、真っ先にチケットを買ってお嬢さんと来てくれました。残念ながら会えませんでしたが、差し入れのお菓子にメッセージが添えられていました。お嬢さんはNHK学園を無事に卒業して元気に働いていると書かれていました。
保険がきっかけで、こんなにステキなおつきあいができるとは! これもベルトを忘れたおかげかもしれません。保険会社の研修会では、このことから話そうかなと考えています。人との出会いが人生を彩っています。良い出会いを重ねていきたいですね。